現代ゾンカ新語事情

クエンセル 2003-09-06



(注:要約したため、意訳、追加、省略した部分があります。)


Logrigはコンピュータ、gyangthongはテレビ、yongdrelはインターネット、numkhorは自動車…。


一般的に使用されている英語の語彙の代わりとなる数百のゾンカの新語が、ゾンカ専門委員会 Dzongkha Expert Committee (DEC) によって作られた。しかし、こういった語彙を知っているものは一握りでしかなく、実際に使用しているものはさらに少ないのが現状である。現在、多くの人々が疑問に思っていることは、一般的な英語語彙の代わりとなるゾンカの単語を作るという労力が価値のあるものなのかということである。


ゾンカ専門委員会(DEC)は、この新語造語を将来的なゾンカの発展と生き残りのために必要なことであると確信している。「新しい概念や語彙をオリジナルの英語の形で取り入れるならば、ゾンカは10年以内に外来語で溢れかえってしまうだろう。そして、ゾンカはブータン的なものとしての資格を失い、ブータンブータンであると正当化することができなくなる。(ルンテン・ギャツォDEC委員長談)」
さらに専門家は答える。「ゾンカの新語造語は人々に選択肢を与えることになる。われわれの世代は最初に英語の語彙を目にし、最後の段階でゾンカの語彙を目にする。しかし、これらの語彙をゾンカで造語しておけば、若い世代は同時に2つの選択肢を持つことになる。つまり、”gyangthong”という語彙だけでなく、”TV”という語彙も手に入れるのである。この2つの語彙が重要性を平等に持つなら、2つの語彙は互いに影響を与えるだろう。そうすれば、語彙は個人的な選択の問題になる。しかし、現在のところ、語彙の使用は選択の問題ではなく、慣れの問題なのである。」

もちろん、専門委員会はゾンカの新語が、既に社会に受け入れられている英語の語彙に比べてその使用が限定されていることには同意している。しかし、彼らは今後10-15年のうちにゾンカの新語はゾンカの文語口語双方の主流に広がっていくだろうと楽観的な考え方をしている。ルンテン・ギャツォDEC委員長によると、それはゾンカがどれだけ急速に一般的になり使いやすくなるかにかかっているということだ。「現在の学校教育システムはゾンカ教育が十分に許されていないことを既に知っています。人々は英語に触れる機会の方が多いのです。ゾンカによる学校教育の時間の増加を急ぐ必要があります。」
ゾンカは、ブータン文化や宗教に関して非常に豊富な語彙を備えているが、異文化や科学技術といった分野ではさっぱりだということを専門家は認めている。「そういった分野ではわれわれのことばは不適当です。私個人としてはブータン固有のものでない語彙はそのまま残しておくべきではないかと強く思うのです。(チョキ・デンドゥプDEC委員談)」


特定の語彙を作ることは簡単ではない。特にゾンカは複合的な語構造を持っているからである。ゾンカでは、2、3の独立した語彙がまとまって1つの語彙となるのである。例えば、英語のhopeはそれ自体を意味する完全な単独の語彙であるが、ゾンカでhopeに該当する”rewa”という語彙は、”re”と”wa”という2つの独立する語彙から構成されている。つまり、ゾンカの音節構造自体が新語造語を難しくしているのである。「それらの語彙が早い段階で作られなかったため。われわれは語彙の整合性も調査する必要があるのです。」
委員会が新語を造語する際、その語彙の異なる側面も考慮に入れている。ひとつはその語源である。例えば、treeはなぜtreeなのか、なぜdogやvice versaではないのか。この特定の語彙の意味は何なのか。どのような感覚によって与えられた語彙なのか。ブータンに受け入れられるものなのか…などである。「そうでないなら、直訳よりもむしろ意訳を行なうのです。造語後もそれをいかにアピールしていくかについて考えます。また、新語はできる限り簡略化すると同時にその意味を十分含めるよう努力しています。(ルンテン・ギャツォ談)」


そしてもうひとつは、他の地域言語についても調査を行なっていることである。特に同じ意味を示す類似のことばが存在する可能性のあるシナ=チベット語族に対してである。もう1つの方法は、ゾンカ文語をまだ受け入れていない村落で話されていることばを参考にすることである。しかし、委員会が直面するさらに大きな試練は、コンピュータやマイクロソフトなどといった特定の意味を持つ新しい科学技術に関する英語の語彙である。例えば、英語のcomputerの意味は「計算機」であり、テレビのように逐語的に翻訳することは出来ない。よって、委員会は、コンピュータが一定の法則をプログラムすることで、知能を持って動き、また電気によって動くものであると解釈し、”logrig”(電気で動く知的な機械)と呼ぶことにした。


しかしながら、DDA(ゾンカ発展機関)には、こうして「発明」された名前を英語のまま放置しておくべきであると考える人もいる。「コンピュータやフットボールやテレビジョンなどといった語彙を、専門家が(新たに)造語する必要などはない。ブータン人はみなlogrigよりもコンピュータという語彙を理解している。ある語彙がそのまま一番よい形で受け入れられているのであれば、それ以外のもの(を造語すること)は見当違いである。(R. ワンチュク上級翻訳官談)」
専門家自身みずから造語した語彙を使いきれないのであれば、一般人が新語を使うことを彼らは期待すべきでないという批判もある。また、ゾンカは既に難しい言語であるうえに、このような新語の作成は事態(言語の習得)をいっそう悪化させることになると批判するものもいる。もちろん、キログラムやキロメーターといった国際単位はそのまま使用することが決定されている。また、摂氏、華氏などといった人名由来のことばもそのまま使用される。若年層にゾンカが無視されているという差し迫った危機に直面していること、そして言語がアイデンティティの重要な一部であるということを、多くの年配のブータン人が共通認識としてもっている一方、若年層は父親apaをdadと、母親amamumと呼び続けることになるだろう。


ゾンカは、いまだにゾンカと古典チベット文語であるチョケの混合体であるが、現在約3万語を有しており、30%がゾンカ固有の語彙であり、残りがゾンカとチョケに共通する語彙である。■

 

《コラム:「造語」のシステム》

ダショー・サンゲ・ドルジDDA秘書官によると、政府はゾンカ委員会が組織された1986年以降ゾンカの新語を指示したとされる。
その過程は、まず、DDA職員、複数の政府機関、民間機関の代表がゾンカにすべき英語の語彙リストを持ち寄る。例えば、教育機関代表は教育関係の語彙を、法曹代表は法律関係の用語のリストを持ち寄るといった具合である。そして、そのリストは専門委員会に送られ検討される。「作られた語彙が適当であれば、単に受け入れるだけでず。しかし、適切でなければ、専門委員会はその語彙について議論し、最も適した語彙を決定します。(サンゲ・ドルジ談)」
サンゲ・ドルジによると、委員会は英語の対応する語彙に最も近い語彙で、国内の人々が理解できる語彙を作る努力をしている。しかし、(専門用語の中には)多くの人が理解できないとしても、使わなければならない語彙もいくつかあるとも語る。
委員会は、難易度の高い語彙を造語する際には、普段より時間をかける。「われわれは通常、専門家に意見を求めます。例えば医学用語であれば、医学の専門家に最も適した語彙を検討してもらいます。また複数の政府機関が翻訳過程において独自のゾンカの新語を作っていることも多いのです。このため、特定の英語の語彙に対応しているゾンカの語彙が機関によってまちまちになり、矛盾を引き起こしている。こういった語彙を統一する際には、よく衝突が起きます。しかし、一般的な使用を認める前にDDAによって作られた語彙を強制的に決定するよう働きかけるのです。(サンゲ・ドルジ談)」
DDAは既に英語=ゾンカ辞書の草稿を準備しており、あと4ヶ月の編集作業を必要としているのみだという。辞書には既存の語を含めて3万語が収録される予定だ。